床矯正
▲床矯正装置
床矯正(しょうきょうせい)は主に子どもの歯並びのデコボコ「叢生(そうせい)」の不正咬合治療に使われる取り外し式の矯正装置です。ネジが装置に埋め込まれており、装着してこのネジを回して広げます。この仕組みで歯を徐々に広げて動かします。
必ずしも床矯正は万能な装置ではなく、よくホームページ等で「床矯正を使うと歯の並ぶスペースができ、デコボコが治るので将来歯を抜かずに矯正できる」といったことをよく目にします。
これには一理ありますが、例外もあり、アゴが小さいとデコボコは治っても歯が外側に向きすぎてしまい、出っ歯になったり口元が膨らんでしまったりというようなリスクもあります。
ですので、症状によっては床矯正の治療のみで歯並びや咬み合わせが改善する例もありますが、上あご、下あごの位置関係や奥行の問題を解決することができないため、マルチブラケット装置を用いるケースが大半です。
ドクターコラム:「床矯正」について考える
こどもの矯正治療の中でも患者さんから特にご質問が多いのが、床矯正についてです。歯医者さんで床矯正を勧められるお子様も多いのではないでしょうか?ある研究会では、床矯正とは「あごを拡げて歯を並べる『保存』の立場に基づく非抜歯矯正」としています。
では、これは全ての人に当てはまる治療法なのでしょうか?
当院でも、こどもは勿論、成人であっても、できるだけ健康な歯を抜かない方針をとっております。また、患者さんにとってなるべく負担の少ない簡便な矯正装置を選択するようにしております。ですから検査・診断の結果、床矯正装置を使用した矯正治療法を選択する場合もあります。
床矯正の歴史
床矯正装置は、特にヨーロッパでは、1980年頃まで好んで使用されていた歴史ある装置です。日本でも、40年位前までは多く使用されていましたが、現在では矯正専門医で床矯正装置を主として使用している先生は少ないのではないでしょうか?
床矯正装置は歴史のある装置で、マルチブラケット装置が普及する前の時代には日本でも盛んに用いられていた装置ですが、マルチブラケットが広く普及したことにより、傾斜移動ではなく、歯体移動(歯が傾斜を起こさずにする移動)で、より精密な歯並びのコントロールが可能となったため、積極的に使用されなくなりました。
歯並びの拡大は2通りある
床矯正装置は主にお子様に使用されることが多いようですが、その目的の多くは前歯に凸凹があるため、もしくは凸凹を避けるための歯並びの拡大だと思われます。
歯並びの拡大には大きく分けて二通りがあり、その一つは顎(あご)の骨自体を拡大するもの、もう一つは歯並びのみを拡大するものです。
床矯正装置で生じる拡大の大部分は、歯並びのみの拡大であり、これは歯の傾斜移動によって引き起こされ、骨自体が拡大する訳ではないため、拡大すればするほど歯は外側に傾斜していくことになり、拡大量には限界があります。この傾斜移動は治療後の後戻りが大きい事が知られております。
固定式の拡大装置もあります
▲急速拡大装置
一方で、顎の骨自体を拡大するには、自分では取り外しの出来ない固定式のがっちりとした『急速拡大装置』による強い整形力が必要となります。上顎には正中口蓋縫合という、上顎の骨を左右に分割する縫合があります。
この縫合は高校生ぐらいまでは完全にはくっつきません。ですから成長期には、この縫合部に断続的な強い整形力を加えることにより、縫合部が開き、出来た隙間に新しい骨が形成されることによって上顎の骨が拡大されます。
急速拡大装置では、歯の傾斜は少なく、床矯正装置に比べて予後は安定していますが、それでも拡大した量の数十%は後戻りしてしまいます。
ところが下顎の場合、真ん中の縫合は赤ちゃんの間に嵌合してしまい、このような方法が適用できません。すなわち下顎における拡大は、その大部分が歯並びのみの拡大(歯の外側への傾斜移動)となるため、拡大量には限界があります。どうしても下顎を広げる必要がある場合では、手術によって拡げる仮骨延長法という方法を選択します。
上顎だけが狭いという場合は別ですが、通常、凸凹がある(凸凹になることが予測される)場合は、上顎だけではなく下顎も拡大する必要があります。下顎の拡大量には限界があるため、上顎の横方向への拡大量が大きいと上の歯と下の歯がかみ合わなくなってしまいますから、あまり拡大装置は使用しません。
どのような装置にも適応症というものがあります。たしかに床矯正装置は、お子様自身で取り外しができ、負担の少ない装置かもしれません。しかし、重要なのは、大人になった時点で、良好なかみ合わせが得られていることなのです。本当の治療のゴールを予知せず、目先の凸凹を改善するために使用することによって、こどもの時期の治療自体が無駄になってしまうことがあるということを忘れてはいけません。
歯を抜かない矯正が問題を生じることも
しかし、場合によっては歯を抜かないで全ての歯を使うことが逆に良くないこともあります。
特に、凸凹がひどい場合、あごの骨が小さい場合、かみ合わせのズレが大きい場合、口元に審美的・機能的な問題がある場合などでは、やむを得ず一部の歯を抜き、全体を助ける選択肢をとることもあります。
それは、歯を抜かずに闇雲に拡大をすると、安定性が悪く後戻りしやすかったり、口元が出たような仕上がりになってしまったり、歯茎が下がってしまったりなどと様々な問題が生じてくるからです。あごを拡げる量にも限界があるのです。
※なお、拡大だけで歯を並べることが難しい場合、従来は一部の歯(小臼歯)を抜いて治療する場合がとても多かったのですが、現在では歯科矯正用アンカースクリューを用いた矯正歯科治療という特殊な装置を併用することで、親知らず以外の歯は抜かずに治療できる場合が多くなりました。
詳しくは、非抜歯矯正のページをご覧ください。